2013年2月7日木曜日

「セオリーX、Y、Z」ってご存知?


大阪の私立高校のスポーツクラブ指導者による体罰・自殺問題、女子柔道の選手による体罰告訴問題、そして今度は、これを契機に内部告発が起こりかねない高野連が全国高校に体罰防止を通知したというニュースがあった。私は昔からこの高野連という存在自体が大嫌い。日本は今や体罰の是非をめぐって社会が大きく揺れる事態に発展してきた。それもこれもこのこと事態日本独特の社会現象には違いない。

大体この問題、体罰という行為自体がいいか、悪いかという問題だけに収斂してことの是非が論じられるとこと自体そもそもおかしいのである。どうしてもっとこれを社会全体のあり方として、組織論として論じないのかということがある。

そもそも柔道の世界といい、野球の世界といい、あらゆるスポーツの世界、それだけでない。学校、企業、家庭などあらゆる人間が構成する組織の中で起こる問題なのだ。それが一つの団体、組織として成功をおさめるには、その指導者、管理者そしてその配下にある構成員が一体どういう関係にあれば上手くいくか、その共通の目的、目標を達成できるかという組織論そのものなのだ。

スポーツの団体であればその生徒、選手とその指導者、企業であれば管理職と社員、そして家庭であれば、両親と子どもどうして、そのそれぞれの組織の共通の目的、目標を達成できるかということだ。そのために、指導者はその構成員にやる気を起こさせ、日々努力を続けるべく動機づけるか、そのためにどういう指導とその管理を行ったらいいか考えるわけだ。その管理をいかに強制して必要と思われることを徹底してやらせるかするか、それとも、あくまで自主的にやる気を引き出し、それで人並み以上の努力鍛錬を自主的にやらせることでその目標を達成するか。いずれかなのだ。ももちろんその両方のバランスを取ることが大切だと、アメとムチを使い分ける指導者もいる。問題はその結果いかに最大の結果、成果を引き出すかということなのである。

昔経営学なるものを学んだ。それは要するに組織を成功に導くために構成員を共通の目標に向かっていかに動機づけ、働かせせるかということだ。

その場合、、動機づけするにしても、人間なるものは本来怠け者で、自主的なやる気などなかなか起こせないもの、だからやるべきことを強制する、場合によっては体罰や、懲罰を使ってでもそれを強制することで、結果的にはいい結果をもたらす。それが組織のためにも本人のためにもなる。そうしたやり方を経営学ではX理論と称している。

ご承知のようにそれはさまざまなスポーツの世界でこれがまかり通っているし、きたしまたそれによってそれがある種の成功を納めてきたことはある。体罰があるかどうかは別にしてそういう手法で組織が成功を納めてきた事例はスポーツの世界にかぎらず企業をはじめあらゆる組織に存在するのだ。あの大阪の高校の生徒の中にもそうした手法指導法を容認するというか、むしろそれでいいという生徒がいてもおかしくないのである。そうした指導法を受け入れる生徒、社員がいることも事実なのである。この「X理論」が今もこれからもすべて否定されているわけでない。

一方論理的理論的な指導には従うものの、自ら納得できないことを頭から強制するような指導、ましてや体罰懲罰をもって強制するような強制的場合によっては暴力的指導に反発する生徒、選手、社員がいてもおかしくないのも当然なのである。今回の女子柔道選手がそうだった。そもそも彼女たちはすべて、エリート中のエリート、彼女たちがなぜオリンピック選手、その候補になれたかというと、むしろその強烈な個性、自立心、努力というものを持っていたからこそで、そんな人間に対し、画一的な強制的指導を押し付け、しかもそれに体罰などが加わったら反発が生じるのは当たり前のことであろう。

そういう自立心のつよい選手や社員に対しては強制より、むしろこれも流行語になったが褒めて褒めて褒めまくる、いわゆる「褒め殺し」で大成功を収めるケースがあることは周知のことである。そういう人間の自主性、自主的努力を最大限いかすことがいいのだというこれも経営学の言葉だが「Y理論」というものものがある。強制、統制でなくそれぞれ自主的な目標を立てさせ、それに向かって動機づけることが成功への道だという「目標管理」の重要性が盛んに喧伝された時代があった。いや今もそれが企業経営の世界では主流なのかな。いや、スポーツの世界だって、多くの著名選手はそういう環境で育ったものが多いのではないだろうか。

いや今そのことを詳しく論じようというのではない。それはむしろ組織論というより、人間というものの基本的な心理、心理学の世界ではないのか。そもそも人間には、生来人間誰しも、X理論がいうように怠け者的精神と、その一方で他の人には負けないぞという自主、自立的精神を二つ合わせもっているものだ。その中で、指導者、管理職はその二つをそれぞれ個性を見極めながらら、場合によっては脅したり、場合によってはおだてたり、ほめそやしたらしながら本人が目標を達成するように動機づける、導くという、それが一番いいのだという、いわばX理論とY理論の中間ともいうべき「Z理論」なるものに落ち着くのだ。

よくよく聞いてみると、Xだ、YだZ理論だなど難しいことを言うのだが、どうもそれは当たり前のことではないかということになる。

そうした根本的な組織論から離れて、ただ体罰がいいか悪いかということに収斂してしまうこと自体が間違いだと言いたいのである。今回のそれにまつわる一連の事件の経緯を眺めているとどうも、体育系人間、指導者のある意味いやらしい面、わかりやすくいうとなにがなんでも強制的な指導を徹底することこそが目標を達成することの最善の道だと信じ切っていることなのだ。人間はそんなに単純なものでない。

その一方で、まさにことのバランスから言うと、非体育系、同好クラブ系人間のある意味柔弱性というか、目先身勝手性というか、ご都合主義性を指摘しておかなければならない。それが組織である以上、仮にそれが間違っているというか、自分にとって受け入れがたいものがあっても、黙ってそれに従うべきことも多々あることだ。それは黙って受け入れとけばいいのだ。それを糧として受け入れておくことはやがて自分が指導者になった時自分はそれとは違う行動をする位の度量こそが必要なのであろう。それが強い自立心のベースなのである。強いリーダシップはそういう過程を経て生まれるものではないだろうか。
今スポーツ会で成功を収めている選手達など実はそうした強制的指導を受けてきているのだ、あの女子柔道金メダリストの松本選手がそうだった。彼女は問題の監督の指導を受けながらその中で納得できるものは受け入れ吸収し、できないものはそしらぬ顔でそれを受け流していたに違いないのだ。そのことがむしろあのタフな精神力を生む原点だったに違いないのである。優勝の瞬間彼女があの問題の監督と抱き合った画面が象徴的だった。
彼女は監督に最大に反目し、その一方で最大に共感を共有した相手出会ったに違いない。
いつかテレビでPL出身の清原と桑田が、その当時の思い出話をしていた。桑田はあの高校のいじめ体罰問題に批判の言及をしていたが、その桑田自身部内のいじめの問題に触れていた。そんなことは日常茶飯事、でも桑田も清原もそれを乗り越え、それを糧としてやってきたことを語っていたのである。

話が長くなった。言いたいことを要約しておく。

・こうした一連の体罰問題はただ体罰がいいか悪いかということに矮小化化するのでなく 組織論、日本社会のあるべき論というもっと大きな観点からみるべきだということ。

・先にこの問題で橋下大阪市長がその高校の入試試験実施中止を主張して波紋を呼んだが 私はそのことをむしろBLOGで  評価した。それはまさにそうした問題提起であったと思ったからだ。どうも日本という  社会、そういう明らかに間違ったというか、必ずしも正しくない画一的価値観、倫理間  を押し付けるのが当たり前みたいなところがある。そうした風潮傾向に警鐘をならした  のだと私は考えている

・体罰はなにがなんでも悪いということでもないはずだ。実際に身体に傷を追わせたり  自殺に追い込むような大きな精神的ダメージを与えるようなものであってはならない  ことは当然だが、その一方で子どもが生徒が、絶対やってはならぬような行為を行った それは絶対にやってはならぬことを教えるために必要な場合があるのではないか。よく 西洋諸国でみかけるようにお尻を軽くぶったりする位のことはあっていいし、むしろそ れが必要であることもある。もちろんその場合、やる側はあくまでそれは愛情を持って やっていることだということを同時に示す必要があることは当然だ。

・体罰が如何に深刻であるか、いかにそれが日本のスポーツ界を暗くしているかなど
 いまさら心配することなど全くない。ロンドンオリンピックで日本があれだけの数のメ ダルをとったこと自体がその証拠ではないのか。メダルを取った選手達の顔ぶれを思い 出してほしい。みなそうした問題多いという指導、組織の中で葛藤を続けながら、その 目標を達成してきているのである。彼らは皆それぞれの監督、コーチとのいい意味での 折り合いをちゃんとつけながらやっているのである。監督コーチの方だって、いかに
 すれば最大の成果を上げるか毎日葛藤を続けてきた結果なのである。

・別にそのことはスポーツの世界に限らない。どんな組織、それがスポーツ団体であれ、 企業であれ、さらに家庭という単位であれ、指導者、監督者、リーダーと組織員達の  あらゆる意味での葛藤は必ず発生するのだ。逆説的にいうとそうした葛藤があるから
 こそ本当に強い個性が生まれたり、才能が開花したりすることがあるのだ。

・X、Y、Z理論ということに象徴されるように個人と組織、その二つが共通の目標をも ちそれぞれそれをどう動機づけるかというテーマ、それはまさに大げさにいうなら人間 社会の永遠のテーマなのだ。

まあなにかわけの分かったような分からないことを書いてしまった。この問題、ただ体罰がいいか、悪いかでなく、一つそういう観点で見てみようということだ。こうしたことは一つ一つ自分がこの社会に生まれ、生きてきた道程そのものである、あったということに気づくはずなのである。

tad

関係記事:

高野連 全国に体罰防止を通知:nhk
柔道女子 “失望と怒り”全文:nhk
理論Z :wikipedia
XY理論: wikipedia


2013年2月6日水曜日

パワーフルモーバイル・ルータURoad-SS10について:PC405


私たちの2つのパソコンクラブでは、15名ー25名位の会員がそれぞれ自分のパソコンを持ち寄り、市が開放している教室を使い月4回、4時間前後の例会を開いている。集会室には、LANの配線口があり、有線でインターネットにつなぐことができる。しかしそれはCATV(ケーブルテレビ)回線であり、しかも、大勢のものが同時に接続するとスピードが落ち、場合によっては接続不能に陥ったりする。

それに有線接続だと、会議室床にLANケーブルが這い回り、みっともないことこの上ない。みっともないには我慢するとして、ケーブルを足でひっかけパソコンをふと飛ばしてしまいかねない。第一、いちいち配線するのが結構面倒なのだ。

それで2年位前から、WiMaxが普及しだしたのを契機に、IO・Dataの無線ルータセットWimaxU03という無線ルーターを購入、NIFYのWimaxサービスを使って無線でインターネット接続ができるようにしたわけだ。最初は有線接続の人と無線接続の人が半々位であったが、その後新しいパソコンに買い換える人も増え今では2/3の会員は無線でつなぐようになった。

しかし逆にそうなってみると、そもそも無線ルーターのユーザ接続が10名程度が限度ということ、それに我々の市では元々WiMax電波が少々弱いということもあって、例会時少々無線LANのつながり不安定ということがあった。

同じような受信電波状況でもよりパワフルに対応できるWimaxモーバイル無線ルータが最近いくつか出てきていることは知っていたが、先週、プロバイダーのNIFTYサポートに電話で相談し、教えてくれたのが、Shinseiコーポレーションが出しているこのURoad-SS10なるものだった。説明を聞いてみると、なかなかよさそうだと感じた。それに今キャンペーン中で通常価格の1/3の価格、5、600円で入手できるということだった。それに限定200台だとかいう言葉に引っ掛ったこともあったが、エイやと注文したのだった。

昨日昼前それが届き。早速試してみたのだが、いや、なるほどこれはすばらしかった。これまで使っていたものよりさまざまな意味で優れている。そんなことをいうとIO DATAから怒られるかもしれない。こちらだって今はそれくらいのものありますよ、と言われるだろう。いやそうなのだ。パソコン、通信機器のハード、ソフトに関してはその技術まさに日進月歩なのである。

そのスピード安定度など、自分である程度実測したりすることもできるが、そんなことさほど意味はない。なにしろ体感速度が決め手である。実際に使ってみてそれは確実に実感できた。

それは手の平に収まるようなコンパクトサイズ、これがいい。それになによりもその設定の簡単なことといったらなかった。充電30分で使用スタート、別に窓際とかにおかずノートパソコンのすぐ近くに置き、パソコンの電源を入れて5分ほどで所定の設定ができた。そしてインターネットに問題なく接続することができたのである。その接続ルーティン殆ど自動、一番最初の設定時、パスワードを入れるだけで、次回からは何もしなくてもWimaxの電波を拾い接続してくれる。接続中の安定度もいいようだ。

接続のためのプロバイダーとの契約形式はいろいろある。年間契約、月定額契約で大体3500円4000円前後。私たちクラブで利用するのは、24時間契約、一日600円というのがあり、今はこれを主に利用している。クラブなどの目的に適しているが、個人でもたまに出かける旅行などに限定して使うのもいいかもしれない。

今回これにして満足している理由はもう一つある。IODATAのものはまだWindows8に対応しておらず、24時間しよう登録の時など、古いXpパソコンでやらなければならなかった。が、このURoadーSS10、すでに8に対応しているので最近使い出したWindows8のパソコンとの相性もばっちりだった。

自宅ではすでに無線LANでインターネットにつながれていて、その必要性はないかもしれないが、外出の時、このモーバイルルーター、パソコン、タブレット、スマホ、ゲーム器など同時に数台ばっちりネットにつなげることができる。これは大きなメリットではないか。スマホの半分程度の大きさだからそうしたモーバイル目的にはまさにぴったりという感じである。

製品説明の概略は以下4つの図をご覧下さい。

tad

関係資料:

URoadーSS10:mobile router  
                   online shop







2013年2月5日火曜日

ソフトバンク「ネットと国家」の試練、スプリント買収のハードル:PC403



「ソフトバンクによる米携帯通信大手、スプリント・ネクステルの買収を巡り、新たなハードルが姿を現した。米司法省は1月30日、連邦通信委員会(FCC)に買収審査を保留するよう要請した。米連邦捜査局(FBI)および国土安全保障省(Department of Homeland Security)が進めている安全保障面での審査結果を待って、FCC側の処理を進めるよう求めている。一方、米携帯通信大手ベライゾン・ワイヤレスや衛星通信のディッシュ・ネットワークも「ソフトバンク-スプリント」の誕生が通信業界の競争環境を変える可能性があるため、FCCへの接触を強めている。「世界第3位の通信グループ」を目指すソフトバンク・孫正義社長は、その“野望”に向けて試練に直面している。」nikkei
2月4日

ソフトバンクが米携帯通信大手スプリント・ネクステルを買収することで、「世界第3位の通信グループ」を目指しているとニュースは既知のことだ。今日本のIT、通信関係企業がm国内ですら中国、韓国、台湾などのメーカに押されてさえない状況の中にある中、日本のソフトバンクが、通信業界の本丸とも言うべき米国に乗り込んで、第三位の地位を目指そうということについては、「すごい挑戦だ、頑張れ」と応援の気持ちを抱いていたものだ。

どんな業界であれ、企業そのものを売ったり、買ったりする、しかもその相手が国内であろうと外国企業であろうと基本的には当たり前、日常茶飯事の米国のことだ。このソフトバンクの買収計画位すんなり進むかと思っていた。が、買収計画発表以来かなり時間が経過するのに、一体どうなったのかと思っていた矢先のこのニュースであった。そしてこの冒頭の読んで、「なるほど、これは国家の安全保障ということが絡んでいたのだ」と納得したわけである。

外国企業が米国の大手放送事業者や通信事業者を買収する場合、連邦政府の安全保障機関による承認が必要となる。また、通信業界の大型買収では、司法省の独占禁止法部門による審査と、FCCによる無線免許移転申請審査をクリアしなければならないそうだ。

現在、米司法省とFBI、国土安全保障省は共同で、ソフトバンクによるスプリント買収の審査を進めており、今回は「その審査の終了を待って、FCC(連邦通信委員会)が免許の最終審査をおこなうことになっている。その要請書はFCCのホームページで公開されているが、表向きは単純な事務要請で、審査内容に関する情報は一切ないようだ。

これについてはソフトバンク、スプリントとも「通常の手続き」としているが、同要請書に関しては様々な憶測を呼ぶ背景がある。実際にはまだまださまざまな難関が横たわっているようなのである。

というのもソフトバンクグループは2012年10月15日に、スプリント買収を発表した。それと並行して、同社は中国の通信機器メーカー、ファーウェイ・テクノロジーズ(Huawei Technologies、華為技術)と同ZTEの製品を採用していることを明らかにしている。それが問題で、米政府や議会は、この中国製の通信機器が米国の安全を脅かすのではないかとの懸念を表明していた。つまりこのことが、まだまだこの買収認可の難関となるということなのだ。

そのことに関しては、この日経新聞記事はそれ以上の言及はない。私は、これと同じようなケースとして2004年の中国企業レノボによるIBMパソコン部門の買収のことを思い出した。

これも同じような背景、経緯があって、米国議会筋、国土安全保障省などから強力な横槍が入ったが結局は買収は承認されたのだった。IBMと言えば、米国はもちろん世界を代表するコンピューターメーカ、今日のパソコンというもののまさに「標準」を作った企業なのである。ことそれがコンピュータ、パソコンとなると、携帯電話などという通信機器どころか、そうしたものを含めたあらゆるIT機器技術の根幹を内包するものだ。国家の安全保障だ、なんだと言うなら、規模、内容において今回の携帯電話どころでない技術が関わっているはずであった。

そんな技術的な中身について全くの素人の私でも、その買収計画自体もっともめるだろう、いや、その認可自体ないではないかと予想していたのだった。ところが最終的にはそれがすんなり認可された。そしてあのパソコンの世界からあのIBMのブランドが消え、今日のレノボとなったわけだ。パソコンの日本語変換の技術に関しては日本IBMが高い技術を持ち、その観点から日本IBMからのレノボへの技術移転も相当なものがあったと聞いている。古い時代からのパソコンを知っている私などなんとなく悔しい気分を持ったものだった。

当時私はどうして米国政府がそ国家安全保障ということに深く関わるコンピュータ、パソコンというもの、IT関連の高度な技術移転を伴うような買収を中国企業レノボに対し認めたのか不思議でならなかったのだった。

今回のこのソフトバンクの買収劇などあのIBMパソコン部門の買収劇に比べればその規模内容からいってもたいしたことがなさそうなのだ。にも関わらず何を今更騒いでいるのか、というのが率直な一素人、一外国市民の感想なのである。

tad

「ネットと国家」の試練、スプリント買収のハードル:nikkei 
レノボ: wikipedia 


2013年2月4日月曜日

「マイナンバー法案」は最優先の課題だ


「税や社会保障の情報を一元的に把握するため、国民一人一人に番号を割りふる「共通番号制度」について、政府・自民党は、導入に必要な、いわゆる「マイナンバー法案」を来月にも国会に提出する方針で、成立に向けて民主党や公明党に協力を呼びかけることにしています。

「共通番号制度」は、税や社会保障の情報を一元的に把握し、納税や年金の受け取りなどの手続きを簡略化するため、国民一人一人に番号を割りふるもので、野田内閣が去年、導入に必要な、いわゆる「マイナンバー法案」を国会に提出し、民主・自民・公明の3党で修正協議が進められましたが、衆議院の解散に伴って法案は廃案となりました。

これについて、政府・自民党は、「政権が交代しても、一人一人の所得や医療費などを把握してきめ細かな政策を進めるためには、共通番号制度が必要だ」として、制度の導入に向けた準備費用を新年度予算案に盛り込むとともに、来月にも野田内閣の法案とほぼ同じ内容の法案を提出する方針です。

さらに、法案の提出に先立ち、民主党や公明党と協議し、成立に向けて協力を呼びかけることにしています。

ただ、自民党内では、「新年度予算案の審議が例年よりずれ込むなど、国会の日程が厳しいなかで、優先順位は高くない」という指摘も出ていて、法案が今の国会で成立するかどうかは不透明な情勢です。」nhk 2月3日 

「マイナンバー法案」、かっての自民党時代時代から総背番号制などの呼び名でその導入の必要性が検討されていた。民主党政権でも野田内閣が社会保障と税の一体改革のために導入が必要だとして国会に提出していたが、廃案となってしまった。そしてまた自民党政権になってそれが再提出されようとしている。

その中身先に民主党が提案していたものと殆ど同じというから、自民公明両与党と民主党が賛成すればすんなり成立するはずだ。維新、みんなだって反対する理由などなさそうだ。ところが驚くべきことに肝心の自民党内にこの法案の優先順位は高くないそんな重要なことでもないという意見が結構あるようだ。

どうしてなのか。それはないと言いたい。そもそも先の先の総選挙で自民党が政権を失った最大の理由の一つはあの消えた年金問題だったはず。年金制度の改革もなにも、まず国民一人一人の年金記録が正確に把握されることなくどうやって制度運営ができるのか。

自民公明政権末期、その呼び名は忘れたが、現金のバラマキをやったことがある。そのいい悪いはともかく、誰にいくら配布するかその事務手続に膨大な経費が掛かることが話題になった。そうだろう。国民一人一人の所得情報が把握されていないため、各自治体での配布作業が大変で、そのトータルの事務経費が支給総額に匹敵するくらいのものになった。

どんな社会保障制度、税制にしようと、そうした根本問題の解決、国民の所得、税、社会保障情報を正確に把握しないでどうして制度運営ができるというのか。出来るわけがないのだ。そういう意味で、どうしてこの「マイナンバー制度」導入の優先度が低いという認識なのかわけがわからないのである。

この制度に反対する政党や政治家はそれが国民のプライバシーを犯すことにつながるという理由を持ち出すことは承知している。もちろんそのおそれはおおいにある。それはいわゆる個人情報の最たるもの、その秘密は絶対に守られなければならないことなど改めて言うまでもないことだ。政府はこのマイナンバー制度運営に当たっては、個人情報の秘密を絶対守るための必要措置を法案に盛り込むべきことは必然条件なのだ。

自民、公明、民主の三党合意で消費税増税が決まったが、軽減税率設定をめぐって与党内自民、公明で見解がまとまっていないようだ。そもそも本来消費税なんてものは所得いかんにかかわらず一律に掛かる、掛けるものだからこそその本来の意味があるはずだ。それを所得に応じてどうのこうの言い出すと大変ややこしい話になるのは必然である。

突然出てきて話題になった孫への贈与は1500万円まで無税などという提案なども同じである。しかも贈与を受けた側は教育費にのみ限定してそれを使うことがその条件だという。そんな管理を一体どうやってやるのだろう。国民一人一人の所得の内容、場合によっては生活費の支出内容まで把握しなければならないのである。

それもこれもすべて国民一人の所得、支払っている税金、受けている年金ほか社会保障受給などの状況を正確に把握しなければ、いかなる制度であれその運営は不能である。それには大変な時間とコストが掛かる。そうした制度はできる限り一律的、単純なものであることが望ましいのだ。

いずれにせよ、このマイナンバー制度、その呼称などどうでもいい。その法案の一日も早い成立をめざすことこそが、社会保障と税の制度設計のための最優先事項であることを指摘しておきたい。

tad

関係記事:

「マイナンバー法案」:nhk  


2013年2月3日日曜日

クリントン国務長官退任


アメリカのクリントン国務長官が退任した。65%の高い支持率、前任の誰よりも長く国務長官を務め、就任以来訪れた国は120か国に上る。これも新記録だという。

その支持率の高さは、決してどこかの国のようにマスコミが作りあげたようなものでなく地についたものである。それはは退任に当って、国務省職員の前で行った演説国務省職員が大歓声で応えていたことを一つ見てもわかる。

オバマ政権の下、ヒラリー国務長官が掲げたアメリカ外交の基本姿勢はスマート外交、ブッシュ政権の強硬路線とは違い、それまでの米国覇権主義的姿勢を大きく修正し、世界中の国とよりソフトに、柔軟に付き合って行こうというものだ。それがその4年間でどれくらい成功したかどうかはわからない。その評価はクリントン路線を引き継ぐとしている後任のジョン・ケリーの今後の手腕にもよるということだろう。

クリントン国務長官のスマート外交が、ただ当たり障りのないソフト路線ばかりだったかというとそうではなく、対ロシア、対中国外交では結構強硬な姿勢を見せた面もある。とりわけ、退任前近く、日本の岸田新任外務大臣が訪れた際、アジア地域での領土問題について、クリントン氏が中国を厳しく牽制したことは、防衛面でアメリカ頼りの日本にとっては大きなプラスとなったことなど言うまでもない。

オバマ大統領といい、クリントン国務長官といい、そもそもその二人の関係から始まるこの4年間のアメリカの政治、そして外交、それと日本の政治、外交を見ていると、そのあり方については、レベルにおいて比較にもならない差を感じてしまうのは私だけだろうか。まずは単純だが一番肝心なこと。この4年間、アメリカはオバマ大統領、そして国務長官はヒラリークリントンで通している。

一方日本の方は、政権交代もあって、首相が4人も変わっているのだ。その間日本の外務大臣は一体何人代わったか。それをいちいちあげ、確認しててみるのもいやになるほどである。今回の安倍内閣もそうだし、民主党野田内閣の外務大臣もそうだった。岸田って誰?玄葉って誰?(Kishida、Who? Genba、Who?) となる。いや、それぞれの党ではきっと有名な人なんでしょう。しかし、なぜこんな重要ポストにこの人を持ってくるのか。もっと他に適任者はいないのかという疑問を感じてしまう。

その点ヒラリー・クリントンはその名前を聞いただけで、世界中に通用する。日本にそんな政治家がいないのはしかたがないのですよ。ただそれにしても、と言いたいのである。
そんなことを今更嘆いてみてもそれはそもそも民主主義の歴史の長さが違うのだからしかたがないと言ってしまえばそれでおしまいだ。しかしそれにしても4年間で首相が4人も変わり、外務大臣が5人も変わってしまうことが、おかしいと感じない方がおかしいということだ。

アメリカのオバマ政権の外交スローガン、「スマート」がそのキーワードであるなら、日本の安倍内閣外交のキーワードは一体なんなのか。多分お得意の「対外援助」とにかく日本の外務大臣が、発展途上国を訪問すると「資金援助」のことだけは誰しも必ず約速してくる。そのスタイルだけは安倍政権、これまたそれをさらに強化することはあってもそれをやめることなどはないのであろう。

クリントンの退任についてのニュースは日本のマスメディアでも流れるが、出来たら日本のそれでなく、米国の新聞テレビそれに、ツイッターなどネットがどのようにそれを捉えているか見てみることをお勧めたしたい。

先のBLOGでオバマ大統領の就任演説のことを書いたが、クリントン退任に当っての国務省の演説ビデオなども是非聞いてみられることだ。よくもあれだけの内容を原稿もなにもなくすらすらまとめて言えるものだと感じいるばかりである。

tad

関係資料:

ケリー米国務長官が就任 退任のクリントン氏に大歓声:47news 
国務省職員の前で行った演説: abcnews
クリントン退任に関するツイート:英語ツイッター

2013年2月2日土曜日

プラグインソフト、アドオンソフトの違い:PC402


今ネット界でJAVA(TM)という有名なプラグインソフトの脆弱性が指摘され,
その対策に関することが話題になっているのはご存知だろう。当BLOGでも、1月19日のBLOGで、それを無効にする方法について書いている。

1月31日のパソコンクラブで改めてそのことを説明し、それを無効にする方法などを説明した。、その際、そもそもプラグインソフトとはなにか、さらにそれと似たアドオンソフトというものとの違いについて質問が出た。それについて、とりあえずの回答はしたしその概要について何も間違っていることはない。ただこれについては自分自身もいまいち釈然としない部分もある。そしてこのことについては、パソコンやインターネットを使っているBLOGのみなさん、どなたにも役立つことであると思いその問題点を改めて整理しておくことにした。

アドイン(アドオン)と「プラグイン」の違いについて:

有名なYahoo知恵袋の質問・回答コーナーの答え

・アドイン(オン):拡張機能→アプリケーションに元々備わっている機能の拡張
・プラグイン:追加機能→元々のアプリケーションには無い機能を追加

NTT・PCコーナの答え

・プラグインソフトとは基本的にはアドインソフトとかアドオンソフトと呼ばれているものと同じ。つまり、あるソフトに機能を追加するためのソフト。

えっ、これでは回答内容が違うではないかと思われるかもしれない。しかしそのどちらもそれぞれIT関係の専門家が答えているもので、そのどちらが正しいかではなく、どちらも正しいのではないかというのが私自身の考えである。

第一実際には、このJAVAを無効にするかしないか、またその方法について、それをプラグインと読んだり、別のところではアドオンと呼んだりしている。結論的にはその道の専門家自体がそうなのだから、一般ユーザがあえて、それぞれのソフトの中身の違い、ましてやその呼び方の違いについて意識したり心配したりする必要もないということだ。

要するにJAVAが、プラグインと呼ばれようが、別のところでアドオンと呼ばれていようが、それを自分のパソコンの中で有効としておくか、無効としておくかが問題でそれがどう呼ばれているかなどどうでもいい。

プラグインソフトといい、アドオン(アドインと呼ばれる場合もあるがこれは全く同義)ソフトといい、パソコン、ネットの世界に山ほどあって、毎日当たり前のように使われているものもあるし、たまにそれをインストールしないとその動画、ゲームなどが動かない、見れないというものがある。そんな時多くの場合、そのプラグインなり、アドオンソフトをパソコンにインストールすることを勧められる。さらにそのように誘導されるのである。その誘導に乗るかどうかの判断が大切だ。普通には、よほどのことがない限り一般的には、ためらうことなくそれをインストールしてしまって何も問題のないものだ。もちろん判断のつかない場合、とりあえず留保しておいて、その内容を自身ネットで調べ直したり、他の人のアドバイスを求めたりした上で判断したらいいことだ。

そんな中でもJAVAだ、AdobeReaderなどとなると、もうパソコン・ネットの世界ではもうそれは定番中の定番、それをあえてプラグインだ、アドオンなどと呼ぶこともないほどのものなのだ。逆説的にいうとだからこそ、ほんの僅かな脆弱性も問題になった。だからこそ、その警告にはとりあえず素直に従っておいた方がいいといういうことなのである。

で、そうしたプラグインソフト、アドオンソフトとして、一体どんなものがあるか一覧表として挙げてみる、挙げておこうかと思った。しかしそれはやめておこう。ものすごい数のものがあるし、それをどう分類して提示したらいいか、目的別に整理されて提示されているものがあればいいのだが、今のところそんなものにおめにかかったことがない。

大切な点はこのJAVAのことがあったからといって、そうしたプラグインソフトとかアドオンソフトの利用に消極的にならないことがこの際肝要だろう。

その点についてはさまざまな優れたアドオン、拡張機能を使うためにもこの際、インターネット閲覧ソフトのの定番、IEより、Chrome、Firefoxなどのブラウザを積極的に使うことでそうした多くのより便利な拡張機能が使えるようになることを知って欲しい。

Chromeトップメニューにこれもすでに何度か説明したがEvernoteやPocketを、他の優れたアドオン(拡張機能)登録しておくことの便利さときたらないのである。

tad

関係記事:

知恵袋の質問・回答コーナーの答え:chiebukuro
NTT・PCコーナの答:nttpc 
アドオン【add-on】(アドイン):e-word
プラグイン【plug-in】: e-word 

2013年2月1日金曜日

YouTubeの使い方(その1):まずは全体論:PC402


「世界最大の動画配信サービス「ユーチューブ」が、スマートフォン(スマホ)時代のテレビ局になろうとしている。運営企業のグーグルは、テレビに模した画面へとユーチューブを刷新。在京キー局とも提携し、独自コンテンツの配信を始めた。視聴実績に連動する広告商品も拡販中だ。ネット接続が前提の「スマートテレビ」普及も見据え、ユーチューブの強化を急ぐ。」nikkei 
YouTubeを使い始めて数年になるが、そのサービス内容がどんどん広がり、この記事のようについに、スマートフォン、タブレット時代のテレビ局となろうとしているのが冒頭の記事内容である。TV局も生き残りをかけ、ただTVで放送したものの再編版を提供するだけでなく、YouTube向けの専用番組を制作、提供を始めるケースも多くなってきた。さまざまなエンターテインメント番組、教養・教育番組が提供されるようになってきたようだ。まさにYouTube自体が多チャンネルケーブルテレビ局のような存在になりつつある。

「スマホ・ソーシャル時代のテレビ局こそが、グーグルの目指す究極の姿と言える」とこの日経記事はしめくくっている。TV自体そんなに見ない、見る時間もない私などにとっても、YouTube自体がそのような形で進化、発展していくことは歓迎するし、興味深いことでもある。そうした形のYouTubeをこれからどのように利用したらいいか考えること自体楽しいことだ。

YouTube利用トップ場面に検索窓があり、そこに調べたいこと、見たい関係動画のキーワードを入れると。ズバリそのもの、関連の動画が山ほど紹介されている。長くても平均5分内外のものだから、その内容の良し悪しがすぐに判定できる。いいものは何度でも繰り返し見れるし、そうしたものの中からその後の様々な目的に利用できる、参照できると思われるもののURL、内容は例えばEvernoteなどに書きとめておけばいいのだ。

さまざまな投稿動画がどのような形でチャンネルに振り分けられるていくのか、その構成は今後YouTubeの中で決められていくのだろうが、それとともに自分自身用にカスタマイズされたYouTubeメニューを作って行きたいものだ。

私の場合だと、それは音楽(ピアノ関係)、スポーツ(卓球関係)、パソコン・ネット(ハード、ソフトの解説、応用など)、BLOG、SNS関係などである。

上記はなによりもYouTubeコンテンツ閲覧ということに重点があるが、実はYouTubeの原点は、自作動画の保存、共有である。リモートストレージ、オンラインストレージが、これからのパソコン・ライフの重要なポイントの一つだが、保存容量の大きい動画のリモートストレージに、YouTubeはもってこいの存在なのだ。

動画といっても30分、一時間にも達する長時間の動画の保存でなく、せいぜいトータル5分ー10分前後の短い動画保存の話であって、しかもそれを30秒、1分程度に分割したものをランダムに入れていけばいいのだ。それをパソコンの中で、ムービメーカを使いタイトル、説明、音楽などを入れ、ムービー仕上げ、YouTubeにアップしてもいいし、そうしてアップされた動画をYouTube上で編集作業もできるのである。これまさに超便利。そうしてできた動画、ビデオは、公開、非公開のアクションをさらに指示すればいいのである。

今朝のBLOG、YouTube使い方説明自体は極めてなんの変哲もない一般論である。今後回を重ねるにつれ、一つづつさまざまな利用、活用の具体論・実践論を展開して行こうと思っている。

tad

関係資料:

テレビ局化」するユーチューブ チャンネルを作り広告も強化:nikkei  
YouTubeとは:wikipedia
YouTube使い方:blog