2007年2月19日月曜日

リーダーシップ欠如の安倍首相

自民党の中川秀直幹事長は18日、仙台市で講演し、異例の厳しい表現で政権内の緊張感欠如に苦言を呈した。毎日新聞

テレビなどで閣議が始まる様子が放映される。閣僚が座って待っているところへ首相が現れると閣僚は全員立ち上がってそれを迎える。首相が着席すると、全員が着席する。一種の儀式には違いないが、私などそれを見ていて別に違和感はない。首相は日本国を代表するトップであり、それに対し、閣僚たるものそうした形で礼節を尽くすのは当然のことである。

アメリカで大統領が議会で年頭教書を行う時の光景が印象的である。大統領が入ってくると与野党を問わず全員立ち上がってこれを迎える。大統領が演説を始めると与野党で拍手の対応が分かれるのはしかたがない。が、日本の国会のように首相の施政方針演説中野次を飛ばすようなことはしない。大統領と首相ではその政治的立場、意味が違うのだからそれはわかるが、アメリカでは与野党を問わず国家最高のリーダーたる大統領にはきちんと礼節を示すのだ。民主主義とは実はそうしたことがベースになっているのである。

この中川発言を聞いて私はびっくりした。首相が入室してきても立ち上がらない閣僚がいるらしい。しかも中には閣議中私語を発するものがいると聞いてなおびっくりした。私は中川氏はあまり好きな政治家タイプではないが、彼の苦言は当然のことであると思う。

この中川氏の発言に対して結構反発があったようだ。自民党はいつから、どこかと同じ独裁党と同じになったのか、とか、民主主義の根幹に反する愚かな発言だなどという声も上がったそうだ。

何を思い違いしているのか、と言いたい。国家最高の行政機関である内閣がきちんと機能するためには、首相の権力は絶対的なものでなければならないことは当然のことだ。。閣僚たるものそのトップリーダーに忠節を尽くすこと、尽くすべきこともごく当たり前のことだ。いろいろ議論したり意見を具申したりするのいい。いや必要だろう。ただし閣議のルールがどうなっているのか知らないが、事を決するのは決して多数決ではないはずだ。形式はそうかもしれないが、首相の意思が絶対的に尊重されなければならない。されるはずなのだ。それにどうしても異論があるのなら、閣僚を辞する以外にない。どうしてもその意に沿わない閣僚がいたら首相はそれを罷免することもできるしそうしなければならない。

それがこの国でも行われている民主主義の制度なのだ。選挙で選ばれた議会によって選出された首相にそれだけの権限を与えているのである。それを何を勘違いしているのか、首相の意向をきちんと尊重しない、礼節と忠節を尽くさない閣僚はその資格はなしという中川氏の言は正しいと私は思う。

もっともそんな閣僚を選んだ首相自身に責任があることは言うまでもない。大体安倍内閣発足に当たってどうも論功賞的人事を行った首相自身の人事が悪かった。首相より当選回数とか議員履歴が長い閣僚がそういう理由で首相を軽く見る不心得ものが多々いるらしいが、なにおかいわんやである。

安倍内閣発足以来なぜ閣僚の不祥事が続くのか、その背景がよくわからなかった。が、この中川発言を聞いてその理由、背景がよくわかった。支持率がどんどん低下するのもただただ失政が続いたせいだけでないことがわかった。

そんなことになるのは自民党政治家の基本的体質からくるものなのだろう。少々の首のすげ代えだけでは収まりそうもない。

「ぼんぼんは 甘く見られる しかたない」 

tad

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